キス

ジッと見ていたら目線だけがこっちに向いた。
それで目を逸らすのは癪だから見続ける事にした。

 

「何?」
「目の保養」
「・・・は?」
「失恋して荒んだ心に潤いが必要」
「っ・・・ク・・・アハハハハハ」

 

突然お腹を抱えて笑い出し、しゃがみ込んだ東雲部長にびっくりした。
この人、声出して笑うことあるんだ。

 

「葉月、お前、面白い」
「はい?」
「普通、朝の非礼を詫びるだろ。上司に」
「詫びてくれても構いませんけど。傷心の傷に塩を塗り込むような発言をされた事に対して」

 

絶対この人の思う通りになんかさせない。
媚びへつらったりしない。

 

言えば、東雲部長にジッと見上げられた。

 

「な、何ですか?」
「目の保養」
「セクハラです」
「ハハっ」

 

私の発言に東雲部長は笑ったかと思えば、私の手を取ってグイっと引き寄せた。
バランスを崩した私はペタンとしゃがみ込む。

 

「なっ、何する・・・」

 

んですか突然。

 

私の言いたかった言葉は突然降ってきた東雲部長のキスによって塞がれた。
柔らかな弾力が重なる。

 

真っ白に頭の中がショートする。

 

1度唇を離した東雲部長がニヒルに口角を上げて笑った。
かと思えば再び顔が近付いてきた。
雰囲気に飲まれたのか。
それともこの男に飲まれたのか。
キスを受け入れる以外の選択肢が思いつかなかった。

 

優しく触れたそれは妙に気持ち良くて、気が付いた時にはお互いの舌が絡みあっていた。

 

何コレ・・・
こんなに甘いキス、知らない。

 

2人きりの資料倉庫に、小さな吐息が漏れる。

 

離れた唇が乾いた空気に触れて、寂しい。

 

「お前、すっげぇ良い女」

 

艶っぽい声で耳元に囁かれ、身体が痺れた。

 

無理。

 

これ以上は、無理。

 

この男にハマったら最悪だ。

 

絶対抜け出せなくなる。

 

「セクハラっ・・・」
「・・・は?」

 

真っ赤な顔してる私のその発言にどれほどの威力があるだろうか。
不機嫌な声に東雲部長を見上げれば、顔が笑ってない。

 

「と、とにかく、資料は渡したから!」
「おい、敬語」
「はぁ?!」

 

ここに来てソレ?!
もっと他にあるでしょ?

 

「おっ、お生憎様っ」

 

ヤバ、声が裏返った。
動揺してるって絶対バレた。

 

「セクハラ上司に使うような敬語は持ち合わせていないからっ!」

 

それだけ言い残して背を向けて走り出す。

 

「りぃ!」

 

りぃ・・・って、私の事?!

 

思わず立ち止まり振り返った私と東雲部長の目が合う。

 

「金曜の夜あけておけ」

 

はぁ?!

 

私はYESもNOも言わずにその場から走り去った。