恋愛現場

私の勤務する第一営業部へと続く扉を首からかけられた社員証で解錠して入室する。
私はこの第一営業部で3年間営業事務をしている。

 

「おはようございます」

 

既に出勤していたメンバーに挨拶し、パソコンの電源を付ける。

 

「莉英ちゃん、見ちゃったんだけど・・・」

 

キャスターを転がして椅子ごと私に近付いて来た隣の席の先輩。
増田奈津(ますだ なつ)さん。
私より3つ年上28歳の増田さんは気さくで話しやすく公私共に仲良くして貰っている。

 

「見たって何をです?」

 

私の失恋の現場かそれとも・・・

 

「畑中君とホシコちゃん」

 

ホシコちゃん、とは何でも私の真似をする須藤さんの事だ。
真似をする→欲しがる→ホシコちゃん。
命名増田さん。

 

「仲良く腕でも組んでました?」

 

私の質問に増田さんは小さく頷いた。

 

「さっき駅の改札前で交際宣言されました」

 

苦笑する私の言葉にドン引きする増田さん。

 

「えー?そんな場所でー?無いわぁ・・・」
「ですよねぇ・・・」

 

パソコンが起動したのでメールフォルダを開く。
金曜日の帰宅後から今朝までに届いたメールの件名にザッと目を通す。

 

「人事通知?」

 

恐らく全社員に一斉送信されたと思われるソレをクリックした。

 

「そうそう!うちの営業部に1人来るんだよね!来る・・・っていうか、正確には戻ってくる、なんだけど・・・」

 

増田さんは何かを考えた後に怪しい顔して笑って私の肩をガッシリと掴んだ。

 

「莉英ちゃん、担当宜しくね!」
「・・・はい?担当って、部長ってなってますけど・・・普通部長に下っ端は付かないんじゃないですか?」

 

この部署の1番下っ端は3年目の私だ。
その私が部長のサポート事務担当になる気はしないんだけど・・・
事務通知のPDFファイルを開く。
東雲 ・・・ひがしぐも?何て読むんだろ・・・

 

「増田さん、あの・・・」
「大丈夫!イケメンだから!この際新しい恋の相手に・・・無いか。無いな、あの人は無いわ」

 

増田さんは何かを1人で納得している。

 

「どんな人なんですか?戻ってくるって事は前にここにいたんですよね?」
「私も1年くらいしか一緒に働いて無いからあれなんだけど・・・いやいや、5年間のアメリカ勤務で何か変わってるかも知れないし。百聞は一見に如かずよ!大丈夫だから!」

 

何がどう大丈夫なのか・・・

 

私はネットを開いて 東雲 と入力した。
シノノメ
そうか、シノノメって読むのか。

 

納得した時、キャーと悲鳴が聞こえて顔を上げた。
と、同時に鳴る始業のチャイム。

 

事業部長の後ろに立つその人の顔を見て、咄嗟にパソコンの画面に顔を隠した。

 

ヤバイヤバイヤバイ。

 

失恋現場を目撃したモデル(仮)がそこに立っていた。
私の事はまだ気付いていない・・・筈!
でも時間の問題だ。
いつかは絶対バレる。

 

「ね?イケメンでしょ?もしかしてタイプ?」

 

私の異常行動に増田さんかコソコソ耳打ちしてくる。
って事は間違いなくあの人が東雲部長だ。

 

「知ってる人もいると思うが、紹介する」

 

事業部長の言葉にバタバタと座っていた皆が立ち上がる。

 

Pruuuu・・・

 

朝1番に鳴る電話を取るのは下っ端の私の役目だ。
1コールで受話器を上げて事業部長と東雲部長には背を向けて電話応対を始めた。
コレで逃げられる訳では無いんだけど。

 

ヤバイ。
超失礼な事言った。
あの人に。

 

電話応対をしながら必死に考える。
どうする?
どうする?
どうする???

 

って、他人の空似!知らぬ存ぜぬを貫くしか無いよね。
良い子ちゃんモードで。