私の彼氏を奪う女

いつもと同じ通勤電車に乗って、
職場のあるいつもと同じ駅で降りて、
定期のICカードを翳して改札をくぐり抜けた。

 

いつもと変わらない日常が始まる筈だった。

 

「葉月(はづき)さん!」

 

声をかけられて振り向いた先、同期の須藤翔子(すどう しょうこ)が満面の笑みをその顔に浮かべて立っていた。
数日前に私が着ていた洋服の色違いを着て、私が気に入って使っていた鞄と同じ鞄を持って、私と同じ緩いウェーブをかけた茶色の髪で。
私の彼氏である筈の男の腕に自らの手を絡めて。

 

須藤さんに腕を絡められている男に視線を移せば、同期で私の彼氏である畑中浩司(はたなか こうじ)は罰が悪そうに俯いた。

 

それだけで、「ああ」と理解した。

 

「私と浩司、付き合う事になったから、別れてくれるわよね?」
「ごめん、莉英(りえ)、俺・・・その・・・」
「ハッキリ言ってよ」

 

モゴモゴと口ごもっている浩司に須藤さんがキッと睨み付ける。

 

 

だから言ったのに。
須藤さんには気を付けてって。
大丈夫って言ったくせに。
俺には莉英だけだから、大丈夫って。
ウソツキ。

 

浮気男にも二股男にも用は無い。
私は小さく微笑んで頷いた。
惨めな思いはしたくない。

 

「浩司、須藤さんの事好きになったのね。それじゃあ仕方無いね・・・別れよう」

 

笑顔の私に浩司は俯いたまま。
申し訳ないと思うなら順番を間違えないで欲しかった。

 

「別れたんだから、苗字で呼んで」

 

須藤さんが私を睨み付ける。
だから敢えて私は清々しい程の笑顔を向ける。

 

「そうね。それじゃあ畑中君、須藤さんとお幸せに」

 

満足そうに笑う須藤さんに引っ張られて浩司と須藤さんが私を通り越して行く。
そのまま続けば職場のフロアに上がるエレベーターで一緒になるのは確実で、私はあえて時間をおくためにその場に留まった。

 

「ナンダコレ」

 

思わず悪態が口からついて出た。
須藤翔子は入社以来、私の持っている物を次から次へと真似していった。
「それ可愛いね!どこで買ったの?お揃いにして良い?」なんて言いながら。
部署が違うから同じ物を持っていても困る事は無かったし、何の違和感も無かった。
まさか、彼氏まで欲しがるなんて思ってもいなかった。

 

須藤翔子は浩司が好きな訳じゃない。
私の彼氏だったから欲しかっただけ。
浩司の必死のアピールに付き合う事を了承し付き合い始めた時から、同期飲みの度に須藤翔子が浩司に色目を使うようになったのだ。

 

「ウザ・・・」

 

「クッ」

 

後ろから押し殺したような笑い声が聞こえて慌てて振り向いた。
ヤバイ。
会社では良い子ちゃん装ってるのに・・・

 

「悪ィ」

 

全く悪いなんて思ってなさそうな顔した長身のイケメンが立っていて、あまりの格好良さに思わず息を飲んだ。
細身のスーツをカッチリ着こなして、艶やかな黒髪は前髪を後ろに流したオールバックスタイル。
少し釣りあがった切れ長の目、その瞳は自信に満ち溢れている。
カッコイイオーラが半端無い。
モデル?
な訳無いか。
ビジネス街の最寄り駅だ。
私より7つか8つくらい年上?
30代・・・だよね、多分。

 

「男見る目ねぇな」

 

悪い、って言ったくせに二言目がソレって、性格悪っ。

 

「本当ね。私も自分の見る目の無さにビックリしてたトコ」

 

目の前の男にうっかり惚れそうになった事も含めて。
私は男を見る目が無いのかも。

 

「目上に敬語も使えねぇのかよ」
「お生憎様、失恋したばかりの女子に心ない言葉をかけるような男に使う敬語は持ち合わせて無いの」
「気ぃ強っ・・・そんなんだからフラれたんじゃ無いか?」

 

男の発言にジッと男の目を見れば、それが失言だと気付いたのか、「ヤベ」って小さく呟いて男は口を噤んだ。

 

別に、気にしてないけど。

 

だってそれが原因じゃないと知っているから。
私は会社では良い子ちゃんなのだ。
彼の前でも例に漏れず。

 

「かもね」

 

私は笑顔を作ってヒラヒラとその男に手を振って歩き出した。

 

もう彼らはとっくにエレベーターに乗り上のフロアに向かった事だろう。
男を盗られたなんて認めたく無くて。
みっともなく泣いたりなんかしたくなくて。
強がって笑顔を作った。
そうしてないと弱い自分が出て来てしまいそうで。